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チエノート

インタビュー

2023.06.20

【インタビューvol.1】「最期の瞬間まで食べる喜びを守り抜く」特養管理栄養士の使命とは

カバー画像:【インタビューvol.1】「最期の瞬間まで食べる喜びを守り抜く」特養管理栄養士の使命とは

エイチエのインタビュー企画Vol.1。今回は「終の棲家」と言われる特別養護老人ホーム(以下特養)で働いた経験を持つ管理栄養士さんのお話をお届けします。

最期のひと口まで食べる喜びを支え続ける特養管理栄養士の葛藤、そして特養でしか味わえない使命感とやりがいについて取材しました。

1.ひょんなことから始まった特養管理栄養士

――Hさんのご経歴を教えてください。

2年制の短期大学で栄養士免許を取得後、委託会社で実務経験を3年積み管理栄養士になりました。その後、特養に出向となり2年働いた後、病院に転職しました。

――出向の場合、給与や在籍場所の扱いはどのような形でしたか?

元々委託栄養士として特養で働いており、管理栄養士として出向しましたが、在籍は半々といった感じでしたね。特養からお給料をもらいますが、委託会社の研修とかあればそちらにも参加する形です。

――特養の管理栄養士はどんなルートでお話がきましたか?

委託栄養士として厨房で働いているとき、ちょうど施設側の管理栄養士さんが異動することになり「ちょっとここでやってみない?」とお話をいただいたんです。慣れている職場ですし、管理栄養士の仕事を何も知らない中で働く環境として恵まれていると思い、お話を受けることにしました。

――引継ぎ後はHさんお一人ですよね?不安はなかったですか?

一人でしたが、周りの方にサポートしてもらったので不安なく仕事ができました。引継ぎを受けた管理栄養士さんが仲良くしてくださり、在籍中は精神的に支えてもらいましたね。ありがたいことに2ヶ月ほどかけて栄養ケア・マネジメントの基礎から教えていただいたんです。

どうしても分からない時は委託会社の方などに助けてもらいました。本当に何も知らないところで突然「出向先で管理栄養士やってね!」と言われたら、どうしていいか分からなかったと思います。

2.厨房経験のおかげで他職種の依頼をスマートに対応

――委託から特養管理栄養士になって、委託の経験が活きたと思う瞬間はありましたか?

やっぱり厨房経験ですね!調理の現場を知っているのは強いなと思います。調理の流れや一日の流れはもちろん、調理師さんたちの作業にどれだけ負担があるか知っているのは武器になりました。

例えば介護士さんから個別対応を要望されたときに、「調理師さんたちの負担が重すぎるので難しいです」ときっぱり断ったこともあります。作業の負担や苦労を知っているからこそ、「ここまでなら要望に応えられる、ここからは難しい」など厨房の事情を汲み取って判断できていました。

――ある程度型にはめてマニュアル化できないと、毎回同クオリティで提供するのは難しいですよね。

そうですね。特養では十人十色の対応をしているので、介護士さんの要望も分かりますが、対応が多すぎると厨房が忙しくなり、毎回同じクオリティで食事をお届けすることが難しくなります。調理師さんたちの大変さを理解して関係性が築けていたのは大きかったです。

3.入所者さんが与えてくれた特養管理栄養士の自信と覚悟

――さまざまな要望や対応をしてきた中で、今でも心に残っているエピソードは?

いろいろなことがあって…エピソードとして二つあります。
元調理師という男性の入所者さんとの思い出ですが、給食の調理法や味に対して「これはどうなっているんだ!?」と作り方を細かく聞かれるので、私が説明すると、「もっとこうできるだろう!」とアドバイスをいただいて毎回怒られていたんです。

――それはちょっとやりにくいかもしれないですね(汗)

それが、話を聞きながら「じゃあ逆にアドバイスください!」とこちらから教わる姿勢になると、次第に打ち解けてくださったんです!笑顔が増えて世間話もしてくれるようになるなど、嬉しい変化がありました。

――実際、アドバイスを調理工程に取り入れたりしたんですか?

アドバイス通りできないことの方が多かったですが、教わったことは厨房の皆さんと共有していました。「次はこういう風にしてみました!どうですか?」と、こちらから積極的にお話しして、打ち解けられたことは良かったと思いますね。

――特養は認知症の方も多く話し相手が少ない環境だと思うので、嬉しかったのではないでしょうか

はい。特養では認知症の方が多いので、周りにコミュニケーションが取れる相手がいなくてイライラされていたのかもしれません。最初は厳しかった元調理師さんの方ですが、こちらから歩み寄ることによって、通じ合えた喜びがありました。
――もう一つのエピソードはどのような出来事ですか?

107歳と高齢なのに、毎食完食してくれた女性入所者さんとのエピソードです。ご自身で食事や移動もされるほどお元気そうな方でした。その日の夕食も普段通り召し上がっていて、明日も元気なものだと思い込んでいましたが…。翌日出勤すると、夜中に亡くなられたと聞いて、「どうして!?」と困惑しました。

ショックでしたが、看護師さんに「お腹いっぱい食べたから天国に行っても絶対困らないよ、よかったね」言われたことで救われましたね。特養では、突然最後の食事になってしまうこともあります。 “人生最後の食事を作っている”という責任の重さを感じた出来事ですね。

――食事って心の満足感とセットだと思うので、心残りがあると作り手も責任を感じてしまいますよね。

だからこそ、できるだけ最期まで「食べたい」と思うものをお出ししたいという気持ちが強くなりました。本当にいつ最後になっても後悔しないように、満足してもらえるような食事を作ることの大切さを学んだ瞬間です。

4.「死」の折り合いがつく日はこない、だから1食1食丁寧に向き合う

――死の場面に立ち会う勇気がない、という方もいますが、どのように折り合いをつけていかれましたか?

入所者さんの死の折り合いはつかないですし、やっぱり慣れないですね。特養では、本当に突然お亡くなりになる方もいらっしゃいます。亡くなったという食事箋が来て「あぁ、だめだったか…」というのは、何回経験してもやっぱり辛かったですね。

――もっとできることがあったかもしれない…とか思うこともありますよね。

そうですね。だからこそできることは限界までしたいと思っていました。冬に入所者の方から「アイスなら食べられるんだけど…」と言われたときには「分かりました!」と快諾して、業者さんに聞いて回ったこともあります。

入所者さんのために、できることを少しでもやらせていただきたい。死に折り合いをつけられる日は正直ないですが、誰かのお迎えが来たときに、後悔しないように1食1食向き合おうという気持ちで仕事をしていました。

――管理栄養士一人の職場だと、気持ちを共有できなくて心に溜まっていきませんか?

気持ちを共有したいときは、調理師さんや介護士さん、職員の皆さんとお話ししていましたね。一番近くで入所者さんを見ていた介護士さんから「夜中にこうなっちゃって…」というお話しを聞く中で、「私は私のできることをやるしかない!」という気持ちが湧き上がりました。

5.一人職場は寂しいけど寂しくない?入所者さんとの憩いの時間

――一人職場だからこそ良かったことや、大変だったことはありますか?

自分のペースで、好きなように好きな順番で仕事できる点は良かったです。ただ、一人なので人とのコミュニケーションは取りづらくて寂しく感じることもありました。

管理栄養士の仕事部屋がすごく狭くて、特養の職員さんから「こんなところに一人だと気がおかしくならない?出ておいでよ」と声をかけてもらうこともありました。そのため、入所者さんがいらっしゃるところに積極的に行っていましたね。

――ミールラウンドに頻繁に出るなどされていましたか?

ミールラウンドにできるだけ行っていましたが、食事の文句を言われる場でしたね(笑)言われるのは分かっていますが…皆さん自由に要望を伝えてくれました。

6.入所者さんの唯一の楽しみを担う、それが特養管理栄養士

――特養の後に病院に転職されましたが、病院と特養の食事で大きく違うところはどこでしょうか?

特養でも治療食を作っていましたが、普通食の方が多かったですね。普通食を食べていただくために、咀嚼や嚥下状態に合わせて食形態の対応を細かくしていました。

病院はやはり「普通食の刻み食」のような形態にされる方は少なく、どちらかというと治療食がメインになり、特養のように咀嚼や嚥下を中心に考えた食事作りとは違う感じでした。

――特養の経験は病院で活かされたと思いますか?

療養病棟があったので、特養で出していたメニューを病院の献立作成のヒントにしていました。「こういう食材だったら使いやすいかな?」といった食べやすさに対する知識はすごく役立ちましたね。

――病院と特養の決定的に違う仕事内容をあげるとしたら何かありますか?

特養では季節感を大切にするため行事食の対応が多く、楽しかったですが大変さはありましたね。ほかにも、病院と違って特養はおやつがあるのが大きな違いです。手作りおやつの時もあるので、病院とは仕事時間の使い方が違う印象です。

入所者のみなさんは「食べることが一番の楽しみ!」と言われますね。 “何か思い出があった時の自分”に戻ってすごく楽しそうに、子供のような笑顔で食べてくださっていたのが印象的ですね。

7.病院は「管理栄養士さん」だけど特養は名前で呼んでくれる

――特養も病院も経験されて、いかがでしたか?

人と接して楽しかったのは、直接コミュニケーションが取れて仲良くなれる特養ですね。病院でも病棟に行くとお話しできますが、人数が多いのでどうしても優先順位があり必要な方だけに限られてしまいます。

ほかにも、特養は行事食があることでメリハリが生まれて、私自身も季節を感じられました。特養の方が「楽しかったな」と思います。

――病院はどのような感じですか?

病院はさまざまな知識を学ばせていただいた場所ですね。病気や症例を学べましたし、「アレルギーの種類ってこんなにあるの!?」と驚かされることの連続でした。

特養と病院、どちらがいいか決め難いですが、人とコミュニケーションを取ることで心が満たされる楽しさがあるのが特養、知識欲が満たされる充実感があるのが病院だと思います。

――距離感にも違いがありそうですよね。

そうですね。特養の時は入所者の方と距離感が近いのでコミュニケーションの取りやすさも違います。入所者さんが私の名前を憶えてくれて「〇〇さん」と声をかけてくださることもありました。

一方、病院では「管理栄養士さん」としか呼ばれなかったですし、会う頻度が少ない分、覚えてくださる方も少なかったです。その点では、病院と比較して特養は親近感があって楽しかったですね。

――特養に向き・不向きな人の特徴はありますか?

特養は名前を憶えてもらえるくらい近い距離感なので、人とお話しすることが好きな方は合っていると思います。

特養に不向きな人は分かりませんが…特養はマニュアル通りにはいかないので、臨機応変に動くことが大事ですね。「これなら食べられるはず」と思って出しても、入れ歯など人それぞれの原因によって食べられないこともあります。適した硬さも人それぞれ違うので、相手に応じた対応が求められます。

――病院だと比較的マニュアルの方が強いですか?

「あなたはこういう食事です」と決まっていることが多いですね。「年齢が上だからきざみ食、飲み込みが悪いからペースト食」といった感じで、主食がご飯なのにきざみ食を出すこともあります。特養は生活する場であるため、“毎日いかにおいしく食事ができるか”を考える必要がありました。そのため、できる範囲ではありますが、病院よりも個別対応が多かったですね。

――その方ために食事を作るといった個別対応の面では特養の方が強いんですね。

そうですね。入所者さんがしっかり食べてくれて「ちゃんと食べられるようになったわよ!」と言われた時、すごく嬉しくやりがいを感じました。「食べることの楽しみのために、どうしたらいいのかな」と試行錯誤した経験から編み出したレシピは、病院に行っても役立ちましたね。

8.特養管理栄養士は、食を通じて人生に寄り添う素敵な仕事

――特養で毎月のようにある行事食の中で、特に盛り上がったものはありますか?

施設で年に2回ある大きな行事は特に盛り上がりました!入所者のご家族も来られて、お昼にバイキングを提供するんです。作り手は必死ですが、食べる方はすごく楽しんでくださっていました。

特養に入所すると、家族で一緒にご飯を食べる機会も少ないので、イベントはお孫さんなど家族みなさんでテーブルを囲める貴重な時間です。1ヶ月前から打ち合わせがあって準備は大変でしたが、その分入所者さんが「良かった、楽しかった!」と言ってくださるので、やりがいがありましたね。

――作り手の性みたいな感じですよね(笑)

そうですね。他にもお茶会があり、4~5種類おやつを作って好きなものを選んでいただくおやつバイキングがありました。みなさん子供のように喜んでくださり、1番笑顔が多い瞬間かもしれないです!

お茶会のときは、和菓子、洋菓子などバリエーションを楽しめるように用意していました。「何が食べたいですか?」と聞きに行くと嬉しそうにリクエストしてくださるんです。

――特養管理栄養士に興味をお持ちの方にメッセージをお願いします。

特養は行事などのイベントがあって楽しい面が本当に多く、季節感も感じられます。季節に合った献立を立てるためにアンテナをたくさん貼りつつ、管理栄養士さんも一緒に楽しんでもらいたいですね。

特養の給食が人生最期の食事になる方も多いので、使命感を持って、いかにその方が満足してくださるかを大切にして欲しいです。

「できる限り希望を叶えよう」という気持ちを持って入所者さんとたくさんコミュニケーション取っていくことで、きっとより良い管理栄養士になれると思うので頑張ってくださいね!
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▼インタビュアー
エイチエ編集部

▼編集者
渡部 早紗(管理栄養士)
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